ご挨拶
人格障害の臨床実践を専門分野としている私(佐藤矢市)のブログへようこそ。
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体験者の言葉: 別居

皆さん、こんにちは。

長期間にわたり、ゆうさんに体験談をシェアしていただいてきましたが、今回で最終回となります。

 

苦しかった過去を赤裸々にシェアしていただき、またそんなゆうさんの成長を見守り、体験談をシェアすることを許して下さった、ご家族の皆様に心より感謝いたします。

 

これまでに、ゆうさんの体験談を読まれた方から、沢山のコメントや感想を頂いてきました。その中からいくつか紹介したいと思います。

 

「ゆうさんの壮絶な体験談を読ませていただき、勇気をもらいました」
「本当によく今まで生き抜いてこられましたね。そんなゆうさんの生き方を尊敬します」
「娘が長年引きこもり、家で大暴れしていますが、そんな娘にももしかしたら何か光があるのかもしないと、ゆうさんのブログを通して感じました。娘にも紹介してみたいと思います」
「ゆうさんの気持ち本当によくわかります!同じような気持ちを持っている人が私以外に居るのを知って、本当に安心しました」

 

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私は自宅生活の中で次第に家以外の場所へ行きたいと思うようになりました。

 

 

小学校もほとんど行けずに、中学校は一回も出席したこともありませんでしたが、なぜか高校だけは「行きたい」と思うようになっていったのです。

 

 

一番は家以外の自分の道を進みたいという思いが強かったのかも知れません。

 

 

私は当時14歳くらいのこの時期に親にある願いを伝えました。

 

 

感情的にではなく、冷静に考えた上にです。

 

 

それは「両親に別居してほしい」でした。

 

 

まずは、母に伝えました。

 

 

理由もきちんと冷静に話しました。

 

 

私は今の家族はこのままいくと終わりだと思う。私はそんなの嫌だから、お父さんとお母さんに物理的に距離を置いてほしい。距離を置けばお母さんもお父さんのことが見えなくなる。見えないことで怒りのきっかけが減って、少し冷静になれるかも知れない。だから別居してほしい。」そう伝えました。

 

 

まずはお母さんの意志と許可が欲しい。私だけが決めて行動できるわけではないから。その後、お父さんにも同じように伝えるつもりだよ。私は本気だよ。

 

 

母は、「いいんじゃない。でもそんな甘くないわよ。あいつがこの家を捨てて出て行くわけがないじゃない。ゆうがそうしたいなら話せばいいじゃない。」と、とりあえず母からの承諾は得ました。

 

 

私は「じゃあ、お母さんはOKなんだね?そしたらお父さんにも話すからその時に話し合いに参加しなくてもいいから、その場には居て欲しい。」と伝えました。

 

 

母は「いいわよ…」と返事をしてくれました。

 

 

そして父も帰宅して私は父に「私からとても大事な話がある。真面目に聞いてほしい。これから話すことは私の願いでもある。」そう切り出して、母に伝えたように同じことを父に向かって言いました。

 

 

以外にも父は黙って真面目に聞いていました。

 

 

私はこの時冷静であったのに緊張もしていました。

 

 

この方法は私にとって最後の切り札でした。

 

 

もし父が「俺は嫌だ」と言ったら、もうこの家族は落ちて行くばかりになる…そう思っていたからです。

 

 

父から返ってきた返事は「分かった。いいよ。俺が出て行こう。」でした。

 

 

その瞬間、母は「はあ!?」といったような表情で父を口を開けたまま見ていました。

 

 

私は心の中で「よかった…これで、これでこの家族はきっとまた良い方向に行くかもしれない…私も助かった…」と安堵しました。

 

 

父から「ひとつゆうに聞きたいんだが…このことはゆう自身で考えて決めたことなのか?お母さんに言われたからではなくて?」と言われ「そうだよ。私がこの方が良いと思って考えた上の願いだよ。」と言いました。

 

 

父は珍しく真剣な表情で「そうか…」とだけ言っていました。

 

 

その後、私はすぐに母に責められました。

 

 

なんてことしてくれたの!?あいつが出て行っちゃうじゃない!?私はあいつと話し合いがしたいのよ!!」そう言ってくることも想定していたので私はこの時も冷静でした。

 

 

うん。お母さんはお父さんと本当の話し合いがしたいんでしょ?だから今は離れることが大事なんだよ。」私がそういうと母は何とも言えない複雑な表情をしていました。

 

 

一瞬、母のことが可哀想になったけれど、「いや、今はこれが最善なんだ」と自分に言い聞かせました。

 

 

そして数か月後に父は本当に長年にわたって一緒に暮していた自宅を離れて、アパートへと一人暮らしすることになったのです。

 

 

本当に母と二人きりの生活になる為に、私は今度は自分に対しても、“親がここまでしてくれたんだ…私もちゃんとしないと”そう思い、高校に入学する為の目標を自分の新しい道、希望にして少しずつまた外の世界へと踏み出していきました。

 

 

共依存にならない為に、遅れてしまった経験や体験を得るために、私の道を行く為に…。

 

 

今現在の母に「私たちはあの頃特に酷い共依存関係だったよね」と話をしました。

 

 

すると母はこう言っていました。

 

 

確かに、私はゆうに、子ども相手なのにいろんな話をしすぎたね。でもね、どの時期だったか…ある日ゆうは私にこう言ったんだよ。“もうやめて!私になんでもかんでも話すのはもうやめて!!”って。ハッキリとゆうが私に向かって言ってくれたんだよ。そこで初めて私はハッとなって気付いたの。これはゆうにしちゃいけないって。それから私はもうゆうに話さないって決めたんだよ。」と。

 

 

正直、私はこの話はうろ覚えでした。

 

 

そして今現在の母が言ってくれました。

 

 

ゆう。人に自分の思っていることを伝えることは、とても大事なことだよ。はっきり言わなきゃ人は気付かないものだからね。」と、様々なことでつっかえている現在の私に今度は母が大事なことを教えてくれたのです。

 

 

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ゆうさん、本当にありがとうございました。

 

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